vendredi 31 octobre 2008 23:28
【長文】むかつきすぎて泣けた・泣き言編【しんどい内容につき注意】
catégorie: 愚痴や泣き言、さけびなど > 泣き言
帰宅して、真っ先に女性外来へ予約の電話を入れた。
すると、婦人科は混み合っていて、一番早くて来年1月末になると言われた。
は? アホか?
しかたなく、来週空いていた泌尿器科の方に予約を入れてもらったが、婦人科にしろ泌尿器科にしろ、単独で行って意味あるのかと、正直疑心暗鬼になっている。(注1)
念のため、地元の女性外来を探し、こちらは心療内科も併設していてカウンセリングもやってるので、ワラにもすがる思いで電話。
同じく、1月末にならないと予約は取れないと言われた。
バーッカ!女性外来って、そんなに人気あるの? みんなほんとに3ヶ月も我慢してるの?
注1:大学病院内のくせに、やはり初診はカウンセリング料5000円取られるのだ。意味なかったらそのお金を捨てることになると思うと、非常に納得いかないので。
電話を置いて冷静になると、今日の出来事は本当に納得いかないし、今までの不調とこれからのことを考えると、やっぱり涙が止まらなかった。
この間読んだ少女漫画に、「泣くときはこするな」と書いてあったので、こすらないようにしたらあまり腫れなかった。
それでも、その顔で保育園のお迎えに行くのはしんどかった(メガネっ娘でよかった)。
すると、婦人科は混み合っていて、一番早くて来年1月末になると言われた。
は? アホか?
しかたなく、来週空いていた泌尿器科の方に予約を入れてもらったが、婦人科にしろ泌尿器科にしろ、単独で行って意味あるのかと、正直疑心暗鬼になっている。(注1)
念のため、地元の女性外来を探し、こちらは心療内科も併設していてカウンセリングもやってるので、ワラにもすがる思いで電話。
同じく、1月末にならないと予約は取れないと言われた。
バーッカ!女性外来って、そんなに人気あるの? みんなほんとに3ヶ月も我慢してるの?
注1:大学病院内のくせに、やはり初診はカウンセリング料5000円取られるのだ。意味なかったらそのお金を捨てることになると思うと、非常に納得いかないので。
電話を置いて冷静になると、今日の出来事は本当に納得いかないし、今までの不調とこれからのことを考えると、やっぱり涙が止まらなかった。
この間読んだ少女漫画に、「泣くときはこするな」と書いてあったので、こすらないようにしたらあまり腫れなかった。
それでも、その顔で保育園のお迎えに行くのはしんどかった(メガネっ娘でよかった)。
一度外に出るとさらに冷静になれたので、やっぱりフュミ澤先生に泣きつくことにした。
携帯にメールしたら、すぐに電話がかかってきた。(注2)先生にも、結局もう1ヶ月会ってなかった。
わたしが途中で泣き出したせいでかなり侃々諤々とした感じにはなったけど、とにかくまずは先生の外来に行くこと、そして各科へ先生の方から根回ししてもらうことになった。
注2:電話が死ぬほど苦手だからメールすんのに、いつも速攻電話で返してくる。確かにメール打つ暇なんてないんだろうが、電話だとよう喋れません。普通なら電話再診としてお金を取られることを考えると、恵まれてるのかもしれないけど(とか言って、次回の外来の請求に上乗せされてたらどうしよう)。
最初からそうすればよかったんだ。フュミ澤先生にすらきちんと自分のことを伝えきれないのに、初めて会う医師に自分の口で状況を説明することなんて、無理だったんだ…。(注3)
思えば、妊娠中〜産後直後まで出張で骨盤を診てもらっていた助産師さんにも、ちゃんと本当のことを伝えればよかった。
相手は友達でも何でもなく、助産師なんだから、それなりの対応をしてもらえたのかもしれない。その時点でちゃんとメンテできてたら、こんなに長引くこともなかったかもしれないのに…。(注4)
注3:人から思われてるより、わたしはよっぽど口下手。
注4:個人で診てもらってたので、何となく医療従事者って感じがしなかった。入院中の助産師たちがみんな、あまり病気への理解がなくマニュアル的だったので、幻滅していたせいもある。
---
口に出したら、そういう目で見られる。
言わなければ、理解されがたい。
精神状態が常に一定の人には何でもないことでも、わたしには難しいことがたくさんある。
わたしが普通でいるには、できないことが多すぎる。
できないことはできない。どんなに繕っても、そのときわたしは他の人と自分の違いを感じる。
それでも、普通でいることを求められる。わたしは見た目も普通だから、言わなければ誰でも当然「普通」だと思ってる。
普通じゃないとなると引かれちゃうから、こっちもできもしないことを取り繕いながら、精一杯普通を目指してる。
わたしはもういい歳で、社会的なスキルもずいぶん身についたし、病識もあるからできることだと思う。
でも、
入院だけはもうしないのがポリシーだと言ったわたしに、
「いい心がけじゃないですか」と言ってくれた先生を失望させないために
やっと友達とも普通に話せるようになったんだから、わたしに向けてくれる笑顔を曇らせないために
しっかりし始めたわたしを見直してくれている、だいちゃんをまた困らせないために
やっと手に入れた、人並みの幸せな生活を守るために
そのために毎日を暮らしていたら
いつのまにかわたしは
孤独になっていた。
少し心がふらついても
それが大震災になっても
わたしには、助けを求められる人がいない。
最近わたしが楽しみにしている、ゆうメンタルクリニックのマンガで分かる心療内科・精神科。
この第7回「妄想の人に、どう接するべき?」は、わたしに再確認させてくれた。
だから、わたしの孤独がいっそう深まるのだ。
いつも思ってる。本当はこんな話がしたいんじゃないのに。
でも、誰も向き合って答えてはくれない。
わたしの周りの人たちは、みんな賢く大人になって、分別のある人たちばかりなので、とても適切な対応をしてくれてしまうから。
それは、トマが産まれてから、さらに顕著になったように思う。
トマが産まれてから、わたしはさらに孤独になった。
母親業は、わたしに他人との違いを知らしめるのに十分な仕事だった。
最初から育児書など興味なかったので一切読まず、知りたい情報だけネット上で探すと、そこにはわたしとはかけ離れた母親たちの姿があった。
「どうして?」「なんで?」としか思えないわたしには、どこのコミュニティ(mixiだけの話じゃないよ)にも入っていけなかった。
ここにも、産後の不調を誰にも相談できず、長引かせた原因があると思ってる。
どうして、「みかんの小袋を噛み切れなくて飲み込めない子供に、急かされるからそのままあげてるんだけど何かいい方法ないですか?」って聞くの?
なんで待たせないの? 忍耐を教えるのもそうだけど、物理的に無理なことを訴えても仕方ないってことを、どうして教えないの? 1歳半も過ぎたら、そのくらい教えるべきじゃないの? 要求されるがままに、こっちが合わせていくものなの? そしたら、今後はどうなるの?
わたしにはしっかりとした自分があって、主義信条があって、それに沿って生きてきたんだけれども、30代も半ばに近づき、親になってみると、自信がなくなってきた。
論理的に正しいことが、社会的に正しいとは限らないことを、嫌と言うほど知ったからだ。
わたしは、人間だから文化的でありたい。でも、いかに本能で生きてる人が多く、それが肯定される世の中なんだろうと思う。
---
この続きは、また別のエントリーで書こう。
いつも考えると、悲しい気持ちになってしまうことがあるので、それと絡めて書こう。
Commentaires